理想じゃない恋のはじめ方。(第4話)
【これまでのあらすじ】
怪我を理由に自分が企画したプロジェクトから外され、落ち込む汐里。そんな汐里に追い打ちをかけるかのように、上司で元恋人の新実が、社員の前で雪村との婚約を発表する…
なんとか気持ちを切り替えようと頑張る汐里に、雪村から「プロジェクトから高杉さんを外すようにお願いしたのは、私です」と告げられ…
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理想じゃない恋のはじめ方。(第3話)
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理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
昔の記憶
子供の頃から私は、人前で泣くのが苦手だった。
長女だから、お姉ちゃんだから、弟が小さいから、理由は色々あるけども1番大きいのは「負けたくない」だった。
泣いたら負けた気がする。
そんな理由で、強い自分を演じていたのだ。
だけど、唯一私を泣かせるのが上手い子がいた。大和だ。
『しおちゃん、いいこいいこ』
母に叱られて、ふてくされた時も。
『今なら泣いてもいいよ』
部活の試合で負けて悔しかった時も。
『どうして我慢してるの? 泣けばいいのに』
社会人1年目、ミスってばかりの自分に嫌気がさした時も。
辛い時には、いつも傍に大和がいた。
『しおちゃんが悲しいと、俺も悲しい』って、私よりも泣きそうな顔をしている大和が。
◆
ギャップ萌え
「――――ん……、あれ」
どうやら眠っていたらしい。
ぼんやりとした視界がはっきりしていくにつれ、違和感を覚える。
ここ、私の家じゃない。一体、どこ……。
半分寝ぼけながらも、寝返りを打って驚いた。
「え? 大和!?」
目の前には、スヤスヤと眠る大和の顔がある。
驚きのあまり固まっていると、長い睫毛がピクリと動いた。
「……しおちゃん、もう起きたの」
「起きたよ、起きた! ねぇ、これどういう状況?」
「どういうって、見たまんまだけど」
大和は、んんっ!て、伸びをしながらあくびをする。
それから私の顔を見て、ふにゃっと笑った。
「寝起きのしおちゃん、可愛いね」
「何を言って……」
やめてよ、不覚にもドキッとしちゃったじゃない。
「もしかして、ここって大和の家?」
「そうだよ」
へぇ……。
黒で統一された家具や家電に、お洒落なインテリア。
部屋の奥にある本棚には、分厚くて難しそうな本が並んでいる。
ずいぶんと大人な空間だ。
「ねぇ、私、何も覚えてないんだけど」
「心配しなくても、何もないよ。酔っぱらったしおちゃんを連れて帰って、一緒に寝ただけ」
「酔っぱらったって、私、お酒飲んでないよ」
「うん、稀にノンアルで酔う人もいるからね。錯覚だけど」
まさかぁ、と笑いながらかろうじて残っている記憶を辿る。
頭の中に浮かんだのは、大和の背中に乗っている自分だった。
「大和がここまで運んでくれたの?」
「そうだよ」
「ごめん、重かったよね?」
「そっか、知らないか。俺、大学までロッククライミングをしてたんだ」
「ロッククライミングって、あの、大きな岩とかを登るやつ?」
「うん、そう。人並み以上に鍛えてるから、しおちゃんの体重なんて楽勝」
言われてみれば、背中の筋肉がすごかったかも。
腕もパッと見た感じは細いから分かりづらいけど、血管が浮き出ていて男らしい。
顔はどちらかというと中性的で可愛らしいのに……これぞ、ギャップ萌えってやつ?
「(いやいや、おかしいよ)」
どうして大和相手にドキッとするの。
◆
負けるな、私
「おはよう、旭日」
月曜日の朝。
会社のエントランスでエレベーターを待つ旭日に声をかけた。
「おはようございます! 先輩、今日元気そうですね」
「そう?」
「なんか良いことあったんですか?」
良いことは……無いかな。
だけど、久しぶりにゆっくり寝て食べて、泣いて愚痴ってスッキリした。
おかげで吹っ切れた。
「引っ越ししたの、会社からはちょっと遠くなったけど良い物件があって」
「へぇ!今度遊びに行っても良いですか?」
「片付いたらね」
新しい家は、完成したばかりの賃貸マンション。
偶然にも大和が住んでるマンションから徒歩5分くらいの距離で、近くに知り合いがいるという安心感もあり即決した。
「片付けなら私が手伝いますよ~」
「旭日はそれより、プロジェクトに集中して」
「あぁ……考えないようにしてたのに、胃が痛くなってきました」
例のプロジェクトは、私の同期が引き継ぐことになった。旭日はその補佐。
頑張ってね、と肩を叩こうとした瞬間、彼女は誰かに会釈をした。
「おはようございます、新実課長」
「おはよう」
吹っ切れたはずの胸が、鈍く痛む。
「おはようございます」
「あぁ」
いつかこの人の顔を見ても、何も感じない自分になれるのかな。
失恋の傷は、自分で思っていたよりも深い。
「旭日、朝イチで会議をするぞ。資料は揃ってるか?」
「すみません、サンプルがまだ……」
新実さんが放つ威圧感に、旭日は身を縮こまらせる。
見ていられず、助け舟を出した。
「サンプルなら備品室にあるよ」
「本当ですか? 行ってきます!」
備品室へ行くには、エレベーターより階段の方が早い。
そちらの方へ向かい走って行く旭日を目で追いながら、「しまった」と思う。
気まずさで、消えてしまいたくなる。
到着したエレベーターに乗り込んだ後も、新実さんがいる右側が見れない。
そうしているうちに上昇するエレベーターから1人、また1人と降り、新実さんと2人きりになった。
「引っ越ししたのか?」
ポツリ呟くように、新実さんが聞いてきた。
「もう関係ないですよね」
「汐里」
久しぶりに聞いたその呼び方に、泣きそうになる。
恋人でいられないなら、心の中に入ってこないでよ。
「そんな風に呼んだら、婚約者が誤解しますよ」
「……」
「プロジェクトから私を外したのは、常務の指示だったんですね。新実課長はそういうのに屈しないタイプだと思ってました。」
声が震える。
だけど、泣き顔なんて見せたくない。
「信じていたのに、がっかりです」
負けるな、私。前を向け!
◆
ときめき……?
骨折って手術をすれば、すぐに治ると思っていた。
術後は余裕だったリハビリも、だんだん辛くなってきた。
「痛たたたたた、痛いです」
「少し休みましょうか?」
「いえ、続けてください」
この前の理学療法士さんはドSだったけど、今日の人は優しい。
それでも相当な痛みに、さすがの私も涙目になってしまう。
「あ!北崎先生だ」
その時、手術着姿の大和がやって来た。
この総合病院はリハビリテーション室も併設されており、大和は退院した患者の様子を頻繁に見に来ているらしい。
大和の登場に、リハビリを受けている患者たちが一気に色めき立つ。
「先生、見て!膝の可動域がもうこんなに広がったの」
「お~すごいですね! リハビリを頑張っている証拠ですね」
「北崎先生、次こっち!こっちに来て」
「はい、すぐ行きます」
優しくて親切でいつもニコニコしている大和は、この病院ではちょっとした有名人。
わざわざ遠方から通院する患者さんもいるくらいの人気者らしい。
「(そういや昔から、人に好かれるタイプだったなぁ……)」
そんなことを考えていると、大和と目が合った。
だけど、思わず視線を逸らしてしまう。
この前、家に泊めてもらったことを思い出し、若干気まずくなったのだ。
「(大和を意識しちゃうなんて、変なの)」
「そろそろ終わりにしましょうか」
理学療法士さんが時計を見ながら言った。
いつもよりかなり時間が短い。
「もう少しお願いします」
「でも、今日は痛みも強いようですし、あまり無理しない方がいいですよ」
「これくらい平気です」
リハビリをサボれば、サボった分だけ治りが遅くなるような気がする。
だから頑張って痛くても堪えないと……!
1日でも早く仕事に完全復帰できるように。
そう焦りを滲ませていると、
「しおちゃん」
後ろから大和が近づいて来た。
「リハビリはやればやるほど効果があるってわけじゃないよ」
「でも、」
「頑張り過ぎるの禁止だって言ったよね。無理をしたら余計体を痛めるだけ。治らないよ」
「……」
「はい、分かったら今日は終わり!」
強制終了をくらってしまい、そのままリハビリテーション室から出される。
休憩コーナーの椅子に座って待っているよう私に言った大和は、少ししてから戻って来た。
「はい、これあげる」
「何?」
「ご褒美のアイス」
「私は子供か」
「要らないの?」
「何味?」
「しおちゃんが好きなチョコミント味」
「ちょうだい」
いつまで私の好きな味を覚えているのよ。
拗ねて構ってちゃんになってしまったみたいで、気恥ずかしい。
「しおちゃんはさ、十分頑張ってると思うよ」
「……」
「でも、基本的にせっかちだよね」
「知ってる」
「しおちゃんのそういうところすごく尊敬できるけど、同時に心配になるよ」
「大和……」
「だから、時には力を抜いて休んで欲しい。自分のためにも、近くで応援してる人のためにも」
言い聞かせるように、お願いするように。
優しい表情でそう言った大和は、私の唇に付いたアイスを親指で拭い「子供かよ」と笑った。
「……」
やっぱりおかしい。
だから、どうしてドキドキするの。
次回はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第5話)
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