理想じゃない恋のはじめ方。(第6話)
【これまでのあらすじ】
大和は自分の理想とは違うから、最近やたらとドキドキするのは気のせいだと思い込む汐里。
ある日、職場でのストレス発散に大和が週末デートに連れ出してくれることに。連れてきてくれた水族館で大和に「好きだよ」と告白され…
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理想じゃない恋のはじめ方。(第5話)
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理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
告白
「好きだよ」
大和の告白は、耳元で優しく響いた。
胸がドキドキする。
だけど、予想外の展開に頭の中が真っ白になる。
「大和、私は……」
「分かってる。しおちゃんにとって俺は弟みたいなもんでしょ」
そう。昔からずっと大和は弟だった。
そんな弟に、ここ最近はドキドキしたり動揺したりして心を揺さぶられている。
だけど、この気持ちが「好き」なのかと問われたら、正直分からない。
「別に答えを求めてるわけじゃないから」
「そうなの?」
「ほら、今のは気持ちを抑えきれずに言ってしまったというか……事故みたいなもんで」
「事故?」
「そうだよ、しおちゃんが可愛すぎて事故に遭っただけ」
何だ、それは……。
どうリアクションをとったらいいのか分からず、感情が迷子になる。
「とにかく、今は気持ちを知っててくれるだけでいいから」
戸惑いはあるけど、大和の気持ちは嬉しい。
「うん、分かった」
「それから、俺にチャンスがあるうちは合コンに行かないで」
気にしていたんだ……懇願するような表情が、可愛い。
頷くと、安堵の笑みに変わった。
「じゃぁ、そろそろプラン2に行かない?」
「そうだね、行こ」
大和のデートプラン2は、美しい緑や花を眺めながらのBBQだった。
どうやら事前に予約を取ってくれていたようで、お洒落なウッドテーブルに案内された。
庭園の奥には池があり、雰囲気も最高。
「すごい、いいところだね」
「気に入ってくれた?」
「うん!」
「よかった、しおちゃんってあんまりアウトドアなイメージないからさ」
「どういうイメージ?」
「貸し切りのフレンチレストランでコース料理を食べてる感じ、かな」
わぁ、すごい、イメージそのままよ……。
確かに男性とデートするときは、フレンチとかお寿司とかが多かったかな。
少なくともスニーカーで入れるような店ではなく、ドレスコードが指定されているところが大半だった。
「肉、焼こう。肉」
「野菜も食べなさいよ」
「やめて、俺、ピーマン食えない」
「まだ克服してないの? 体に良いんだから食べなさい」
こんがりいい色に焼けたピーマンを、大和の口に入れる。
その途端、涙目になった彼を見て思わず吹き出した。
「美味しい?」
「意地悪だなぁ、しおちゃんは」
「ほら、お肉食べて!」
「うん、しおちゃんも。食べて食べて」
――不思議。
どんな高級レストランの料理よりも、今日のお肉の方が美味しい。
「大和、今日はありがとうね」
「うん?」
「すごく楽しかったし、美味しかった」
「しおちゃんのそういう素直なところ、好きだなぁ」
食事が終わり、腹ごなしを兼ねて庭園を散歩することにした。
そよそよと吹く風が気持ちいい。
「大和はさ……どうして私なの? もっと周りに若くて可愛い子がいるでしょ」
「しおちゃんより可愛い子はいないよ」
「いや、いるでしょ。看護師さんとか」
「俺にとってしおちゃんは特別だから。再会して確信した。しおちゃん以上に好きになる人はいない」
気が付くと、手を握られていた。
「今はまだそういう対象じゃないことは知ってる。それでも、向き合って欲しい」
「大和……」
真っすぐな告白に、再び胸がドキドキする。
「分かった、ちゃんと向き合う」
「ほんと? やった」
頷いた私に、大和は満面の笑みを見せた。
◆
もっと彼を知りたい
「しおちゃん、ごま油ってある?」
「ごま油? そんなのないよ」
「えー、ないの? あれがないと味が決まらないんだよなぁ」
週末、私の家に来た大和が、お昼ご飯を作ってくれることになった。
「じゃぁ、そこのスーパーで買ってくるね」
「待って、俺も一緒に行く」
そう言った大和はガスを止めて、上着を羽織る。
夜勤明けなのに、タフだなぁ。
大和と向き合うって決めてから、一緒に過ごす時間が圧倒的に増えた。
そうした中で、これまで知らなかった新たな一面を発見していく。
例えば――。
「しおちゃん、こっち」
誘導しながら、さり気なく手を繋ぐのが上手だったり。
「1人で先に行かないでよ、寂しいじゃん」
甘えん坊モード全開かと思ったら、
「危ないっ! 気を付けて歩きなよ」
急に男らしさを見せてきたり。
大和の言動に踊らされていると分かっていながら、案外それが嫌ではなく。
むしろ、もっともっと大和のことが知りたいと思うようになっている。
「やばい、財布にお金入ってなかった。しおちゃん~」
理想とは全然違うけど、それさえも楽しいと思えるなんて。
相手が大和だから、なのかな。
「ごま油を買いに来ただけなのに、あれこれ買っちゃったね」
「だって、しおちゃん家、調味料が乏しいんだもん」
「しょうがないでしょー、引っ越したばかりなんだから」
スーパーからの帰り道。
他愛ない話をしながら手を繋いで歩いていると、前方に見覚えのあるシルエットが現れた。
「(あれは……いやいや、まさかね)」
そう思おうとしたけど、まさかじゃなかった。
「汐里?」
私以上に、相手も驚いている。
「……新実さん」
◆
元カレからの……。
翌日、新実さんからメールが届いた。
【今夜、会えないか?】
【会う必要はないと思います】
【俺の家にある汐里の私物を返したいんだが】
【それなら、宅配便で送ってください】
【20時に、アルフィルで待ってる】
全然、人の言うことを聞いてないし。昔からいつもそう……。
一方的に自分の言いたいことだけを話して、強引で。
でも、そこが良かったんだ。付き合っていた当時は。
終業後、私は新実さんに言われた通りアルフィルへ向かった。
そこは2人でよく行ったBARで、新実さんから「付き合おう」と言われた場所でもある。
あの時は珍しくお酒に少し酔っていて、クールな彼とは思えないほど饒舌だった。
後で聞くと、私に告白しようとして緊張していた、と。
可愛いと思ったのを覚えている。
「来たか」
お店に着くと、カウンター席にいた新実さんが軽く手を上げた。
その奥で顔なじみの店員さんが会釈をしてくれる。
私たちの関係はもう終わっているのに、このBARのこの空間は何も変わっていないようで胸がズキッと疼いた。
新実さんと付き合っていた頃のことを、次々と思い出してしまう。
「荷物をもらったら帰るので」
「そう言わず、1杯付き合えよ」
「お断りします」
「頼むよ、俺の顔を立ててくれ」
相変わらず、ずるい人。
顔なじみの店員さんが「ご注文は?」と聞いてきたので、仕方なく「ミモザ」と答えた。
「こうして会うのは、久しぶりだな」
「そうね」
「そんな怖い顔をするなよ」
そう言って苦笑いをした新実さんは、ロックグラスを一気に煽った。
それから、ふと思いついたようなトーンで私に尋ねる。
「昨日、一緒にいた男は彼氏か」
スーパーの帰り道、新実さんに会ってしまった私は会釈だけしてその場を離れた。
そうするだけで精一杯だった。
「関係ないでしょ」
「汐里のタイプとは、全然違うように見えたけど」
「……」
そんなくだらない話をするなら、もう用は無い。
スツールから立ち上がり、荷物を持って帰ろうとした瞬間、腕を掴まれた。
「俺のところに戻ってこないか」
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ。よくよく考えれば俺と汐里が別れる理由は無いだろ。結婚と恋愛は別なんだから」
「ふざけないで」
「至って真面目に言っている。今でも心から愛しているのは汐里だけだ」
何よ……今さら。
どうして今になってそんなことを言うの?
愛しているなんて、付き合ってる時でも言ったことないくせに。
◆
動揺
出典:https://www.shutterstock.com/
逃げるようにBARを後にして、駅に向かいひたすら歩く。
すれ違う人たちが驚いた顔をするのを見て、自分が泣いていることに気が付いた。
新実さんに掴まれていた腕が熱い。
とっても最低なことを言われたのに、どうしてこんなにも胸が苦しくて頭の中がぐちゃぐちゃするの?
「―――あっ、」
何かに引っかかって履いていたハイヒールが脱げてしまった。
慌てて拾いに行って、げんなりする。
ヒールが根元から折れていたのだ。
「もう、最悪」
呟いたその時、背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、こちらに向かって大きく手を振る大和が見える。
その笑顔を見て、再び胸が苦しくなった。
こんなにも真っすぐ自分を想ってくれる人がいるのに、新実さんの言葉に動揺してしまうなんて。
「何やってるんだろう、私」
ねぇ、私、どうしたらいい?
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理想じゃない恋のはじめ方。(第7話)
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