理想じゃない恋のはじめ方。(最終話)
【これまでのあらすじ】
出張のことで大和と喧嘩をしてしまったまま当日を迎え、東京駅に向かう汐里は、その道中で自分にとって大切なのは大和だと気付く。
出張には行かずに大和の勤める病院へ直行したが、そこに大和の姿はなく、1週間ほど休暇を取っていると聞かされる…
前回はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第9話)
第1話からまとめ読み▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
小さな救世主
大和のことが好き。ずっと一緒に居たい。自分の気持ちをやっと自覚できたのに、肝心な大和と連絡が取れない。
1週間も休暇を取って、どこに行ってしまったんだろう?病院のカフェで途方に暮れていると、不意に肩を叩かれた。
「こんにちは!」
見覚えのある女の子が私に向かってニコッと笑う。この子は……大和と水族館に行った時に、偶然会った子だ。名前は確か、れいなちゃん。
「こんにちは。今日は診察?」
「ううん、おばあちゃんのお見舞いに来たの」
「入院してるんだね」
「うん、この前転んで骨折しちゃったんだって。北崎先生が担当なんだよ」
「そうなんだ」
頷きながら、大和の笑顔が頭の中に浮かぶ。たった1週間会ってないだけで、恋しくて仕方ない。
「おばあちゃんから聞いたけど、先生のおばあちゃんも大変なんだね」
「え?」
「おばあちゃんと同じ、転んで骨折しちゃったんでしょう」
「そうなの!?」
思わず大きな声が出る。大和のおばあちゃんって今はもう1人しかいないから、実家で同居してるおばあちゃんのことだよね。
全然知らなかった。どうして誰も教えてくれなかったの。いや、もしかして今朝、母が電話してきたのって、その件だった?
「北崎先生は他に何か言ってたか、おばあちゃんから聞いてない?」
「1週間くらい休むって」
「他には?」
「先生の元気がないって、おばあちゃんが言ってた」
あぁ、もう、私のバカ。大のおばあちゃん子だった大和のことだ、怪我をしたと聞いて不安だったはず。そんな時、傍にいてあげなかったなんて……。
「れいなちゃん、ごめんね。私、もう行くね!」
「うん、バイバイ!」
れいなちゃんに手を振り、病院の正面入口へと走る。それからタクシーに飛び乗った私は、実家方面へと向かった。
◆
会いたかった
「もしもし、お母さん」
『あんた、さっきはよくも途中で電話を切って……』
「ごめん。ねぇ、大和のおばあちゃんが骨折したって本当?」
『そうよ、大変だったんだから』
「どこの病院に入院してるの?」
『○○記念病院よ』
「分かった、ありがとう。じゃぁね!」
大和のおばあちゃんは自宅で書道教室をしていて、私も子供の頃に通っていた。優しくておおらかで笑顔が素敵なおばあちゃん。私はキク先生と呼んでいた。
「キク先生!」
病室のドアを開けると、ベッドの上に座っていたキク先生が目を丸くした。ベッドサイドには……やっぱりここにいた。大和だ。
「あら、汐里ちゃんじゃない。わざわざ来てくれたの?」
「怪我は大丈夫?」
「平気よ。ほら、ここに名医がいるでしょう?」
茶目っ気たっぷりの笑顔でそう言ったキク先生は、大和の肩をポンッと叩いた。キク先生に負けず劣らず驚いた顔をしている。
「しおちゃん、出張は……?」
「行くのやめたの」
「どうして?」
どうして、だって?そんなの聞かないと分からない?1週間も放置して、電話に出ないで、挙句の果てにも消息不明になって、私がどれだけ不安になったか……。
お互い様と言えばお互い様だけど、むかつく!大和に会えて嬉しいはずなのに、その顔を見たら無性に腹が立ってきた。
「キク先生、ごめんね。ちょっと、大和を借りる」
「どうぞどうぞ~」
「大和、ちょっといい?」
病棟を出て少し歩くと、手入れの行き届いた中庭に着いた。人が少なくて話をするのにちょうどいい。でも、何から話そう? 怒りに任せて呼び出したけど、色んな感情が渦巻いていて整理できない。
私の後ろをずっと付いてきている大和も、何も言おうとしない。何か言ってくれたら、話しやすいのに。
――――と、
「……会いたかった」
不意に後ろから抱きしめられた。
「大和、」
「すっごく会いたかった」
耳元で大和の優しい声がする。背中から伝わる体温が心地良い。それだけで、十分だった。
「私も大和に会いたかった」
「本当?」
「当たり前でしょ、好きなんだから」
「え?」
「大和のことが好きなの」
抱きしめられている腕が緩んだので、体を回転させて大和と向い合う。すると、大和は泣きそうな顔をしていた。
「ごめんね、気付くのが遅くて」
「いや……夢じゃないよね? これ」
「頬を捻ろうか?」
「やめてよ、しおちゃん地味に力強いか、ら……」
大和の頬を両手をはさむ。それから、唇に触れるだけのキスをした。
「夢じゃないでしょ」
「今の……」
耳を赤くする大和が可愛い。
「もう1回しとく?」
「待って」
「だめ?」
「そうじゃなくて、」
大和はそこで、一呼吸をつき、
「俺からする」
私の髪の毛をそっと撫でてから、ゆっくり唇を重ねた。
◆
仲直り
中庭には石のテーブルと木製のベンチがあり、私たちはベンチに2人肩を並べて座った。鱗雲が浮かぶ青い空と、イチョウの黄色がキレイ。
「ごめんね、大変な時に1人にして。あと、この前はキツイことを言って、ごめんなさい」
「俺の方こそ、意地張ってごめん」
「ずっと考えてたんだけど、今の私にとって大和が1番だと気付いたの。だから、出張も断っちゃった」
明るい声で言ったのに、大和はまた泣きそうな顔をした。
「自分でも情けないよ。仕事の足を引っ張るようなことをして」
「違うよ、私がそうしたいって思ったからなの」
「しおちゃんの出張が終わったら、迎えに行くつもりだったんだ」
「そうなの?」
「俺なりに反省してたの。ガキみたいなヤキモチ妬いて、拗ねて、挙句の果てにしおちゃんを置き去りにして」
そう言えば先に帰られたんだよね。お互いに頭を冷やすべきだと思ってお店でゆっくりしてたけど、外に出たらもう大和の姿はなかった。あれはなかなかショックだったと言うと、大和が項垂れる。
「俺、しおちゃんの理想に近づけるように頑張る」
「いいよ、別にそんなの」
「やる気になってるんだから、水差さないでよ」
「そのままの大和が好きなのに、無理して変わることないんだって」
「しおちゃん……」
理想がどうとか、将来がどうとか、こだわっていた自分は一体何だったんだろう?思い通りになんてならなくていい。背伸びをしなきゃいけない恋なんていらない。
「大和が傍で笑っててくれたら、それでいいの」
好きって気持ちさえあれば、理想じゃなくても始められる。大和が私に教えてくれたんだよ。
◆
理想じゃない恋のはじめ方
「大和、そろそろ起きて」
「んー」
眠そうな声で返事をした大和は、瞼を開けることなくまたすぐ寝息を立てた。そりゃ無理もないか。昨日も一昨日も当直だったもんね。このまま寝かしててあげたいけど、絶対起こしてって言われるしなぁ……。
「イルミネーション、行くんでしょ」
その一声で、大和はむくっと起き上がった。
「今、何時?」
「16時半だよ」
「やばっ、あと30分しかないじゃん」
「別にそんなに急がなくても。22時くらいまでやってるんでしょ」
「17時から点灯式があるんだよ」
へぇ、そんなのがあるんだ。大和用に目覚めのコーヒーを淹れていると、匂いにつられた彼がキッチンに入って来た。
「こういうの、何かいいな」
「何が?」
「彼女がコーヒーを用意してくれるの」
「自分用かもしれないよ」
「だって、それ俺のカップじゃん」
意地悪っぽく笑った大和は、「ありがと」と言い、私の頬にキスをする。正式に付き合うようになってから、私の部屋には大和の物がどんどん増えていて、もうどっちの家が分からないくらい。
家賃が勿体ないし、一緒に暮らそうかという話がちょうど昨日出たところだ。
「そういや、しおちゃん、玄関の整理した?」
「あ、気が付いた?」
「うん、何かスッキリしてるなーって」
「必要ないヒールは全部捨てることにした」
「そうなの?」
「だって、これからは大和の靴も入れなきゃだ、し、」
言い終わる前に、ぎゅっと抱きしめられた。
「しおちゃんのそういうところ大好き」
「ありがと……。ねぇ、もう16時50分だけど、いいの?」
「えっ、やばっ!」
時計を見た大和は戸締りを確認して、玄関へと急ぐ。早く早くと急かされて、私も後に続こうとしたところで、不意打ちのキスがきた。
「しおちゃん、これからもずっと一緒にいようね」
改まって言われると、何だか恥ずかしくてくすぐったい。だけど、素直な気持ちをいつもぶつけてくれる大和が好き。
「うん」
笑顔で頷いた私は、スニーカーを履いて外に出た。
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