この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第5話)
【これまでのあらすじ】
不妊治療にプレッシャーを感じていた伊野さん。その苦しみを理解しようとしない綾香につい怒りを覚える。
一度だけと気持ちに蓋をしていたのに、また伊野さんと体を重ねる千紗は、伊野さんのことを本気で好きになっていた…
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第4話)
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第1話)
私欲
既婚者を好きになってしまった人たちは、よくこんなことを言う。『独占できないのが辛い』『1番になれないのが悲しい』と。
私はそれを聞くたびに「不倫をしておいて何を寝ぼけたことを言ってるの?」と、呆れていた。まさか自分が同じようになるなんて思いもしなかった。
「そろそろ帰らないと」
伊野さんと体を重ねたあの日から、私たちは頻繁に会うようになっていた。場所はホテルだったり、カフェだったり色々で、この日はBARだった。
「そうね」
伊野さんの言葉に頷き、席を立つ。理解のある女性を演じているのは、まだこの人に「溺れていない」と思いたいから。いつでも止められる。いつでも元に戻れる。会うのは今日でお終いだと言われても、全然平気。だけど……。
「やっぱり、もう1杯飲んでからにしようか?」
本音を言うと、もう少し一緒に居たい。
「また綾香に疑われるよ」
「本当に煩わしいね。帰りの時間なんか気にしたくないのに」
「まるでシンデレラね」
「僕が?」
可笑しそうに笑った伊野さんは、私の手を取り指を絡めた。それから急に思い立ったように「そうだ」と呟く。
「旅行にいこうか」
「どこに?」
「どこにでも。そうすれば、周りの目を気にしなくていいし、深夜0時を過ぎても帰らなくていい」
「本気で言ってるの?」
「もちろん。近々、計画を立てよう」
◆
旅行
ayaka.ino 週末は旦那くんが出張(><)
寂しいけど、お留守番頑張ります
*
*
お料理教室で習ったビーフストロガノフを作って待ってるね
#旦那くん大好き #出張 #寂しい #お留守番
#愛情たっぷりご飯 #楽しみにしててね
伊野さんと旅行することに罪悪感が全くないわけではない。だけど、こんな能天気なSNSを見てると別にいいかと開き直りたくなる。待ち合わせ場所の羽田空港に着くと、先に到着していた伊野さんが手を振ってくれた。
「迷わなかった? 大丈夫?」
私の旅行鞄を持ってくれた伊野さんは、いつものスーツ姿とは違いカジュアルな格好をしている。それがとても新鮮で、ドキドキした。
「じゃぁ、行こうか」
「あ、伊野さん」
振り向いた彼は、何故か渋い顔をして首を左右に振った。
「”伊野さん”じゃなくて、”悠真”。堅苦しいのはやめよう」
「あ、じゃぁ……悠真さん」
「うん。何?」
「旅のしおりを用意したんだけど……」
言って後悔した。悠真さんは無くなるくらい目を細めたあと、私が作成したしおりを見てさらに笑った。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「もう返して」
「どうして? すごく良くできているよ」
「本当にもういいから」
「ごめんごめん、虐め過ぎたね。だって、千紗が可愛いから」
あ、今、名前で呼ばれた。そんな些細なことでさえ嬉しくて胸が温かくなるなんて……。
羽田空港から目的地である福岡まで、2時間弱だった。空港に着いた瞬間、何とも言えない解放感と高揚感で自然と顔が綻ぶ。軽い足取りで歩く私に、悠真さんが尋ねた。
「福岡は初めて?」
「実は、子供の頃に少しだけ住んでいたの」
「そうなの? 福岡のどの辺?」
「南東部になるのかな。地図で言うと、ちょっとくびれているところなんだけど」
「ここ?」
悠真さんが、スマホを見せてきた。
「うん、そう。自然が豊かで良いところなの」
「行ってみたいなぁ、寄ってみる?」
「行けなくもないけど、今回は予定通り博多周辺を観光しようよ」
「そっか。じゃぁ、いつか行こうね」
「うん、いつかね」
そんな日が来るのかな?普通のカップルのように、「じゃぁ次は〇月にね」って、約束できないのが悲しい。彼のことを知れば知るほど、独占したい気持ちが膨らんでいく。
切なくなって悠真さんの手を掴むと、彼は指を絡めるようにして繋ぎ直してくれた。この旅の間は、ネガティブなことを考えるのやめよう。
「わっ、すごい」
「思っていた以上だね」
予約していた旅館に着くと、その豪華さに驚いた。着物を優雅に着こなした女将さんが、ロビーで出迎えてくれる。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「予約していた伊野です」
チェックインを済ませた後は、仲居さんが部屋まで案内してくれるらしい。こんな格式の高そうな旅館に泊まるのは初めてだなぁとソワソワしていると、仲居さんと目が合った。
「お客様はどちらからお越しですか?」
「東京からです」
「まぁ、東京ですか。私の娘も東京にいるんですよ」
「そうですか」
どうやらこの仲居さんはお喋り好きのようで、他愛のない世間話が部屋に入るまで続いた。
「夕食は19時にお部屋へお持ちしますね。奥様、好き嫌いやアレルギー等はございますか?」
「えっ!あ、大丈夫です」
「旦那様は、いかがでしょう?」
「僕も大丈夫です」
『奥様』と呼ばれて、びっくりしちゃった。仲居さんが部屋から出て行った後、そのことを悠真さんに言うと、彼は私を抱き寄せた。
「僕は離婚が成立したら、千紗と一緒になりたいと思ってるよ」
「悠真さん、私は……」
「千紗が結婚に対してマイナスな気持ちしかないことは分かってる。恋愛に対してもそう。だけど、1歩踏み出せたよね」
それは、確かにそう。誰とも恋愛しないって決めていたけど、いつの間にか悠真さんを好きになっていた。これがいわゆる本気の恋なんだろうと自覚している。
でも、だからってそれと結婚はイコールじゃない。第一、綾香との離婚が成立したからといって、すぐに私と結婚できるわけじゃないでしょう。
「もちろん、すぐにとは言わない。でも、千紗と結婚したい気持ちがあることはちゃんと伝えたいと思って」
「悠真さん……」
「綾香と別れたいから、とか、現実逃避とかじゃなくて、純粋に千紗を好きになったんだ。それだけは、分かってね」
「うん、ありがとう」
福岡旅行は、とても楽しかった。一緒にいることで悠真さんのことが好きだという気持ちが増した。けれど、それと同時に、「こんなことをして本当に良いのかな?」と後ろめたさも募る。そんな旅でもあった。
◆
予想外の知らせ
「結婚を仄めかす男なんて、ろくなやつじゃない!」
グサッと胸に何かが刺さった。
「それを本気にとる女もバカ!」
痛い痛い、傷口をぐりぐりされてるみたいに痛い。思わず胸を押さえた私を見て、赤城さんが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 具合悪いの?」
「いえ、特には」
自分のことを言われているようで胸が痛い、とは言えない。赤城さんが「ロクなやつじゃない」と怒っていたのは、妹さんの旦那のことだ。妹さんの旦那が職場の女と浮気して、その浮気相手が家に乗り込んで来たらしい。
「それで、妹さんはどうするって言ってますか?」
「どうするも何も。1日中泣いて、食事もろくにとらないし、塞ぎこんでる」
「そうなんですか……」
「ほんっとに、不倫するやつなんて最低よ」
はい……ごもっともです。分かってはいるんです。奥さんがいる人を好きになってしまっただけだと、どれだけ自分を正当化しても不倫は不倫。
人の幸せを壊しておいて、自分が幸せになれるはずない。例え、それが離婚しかけの夫婦であっても、許されるわけないよね。
「ねぇ、本当に大丈夫? 顔色悪いけど」
「あ、えっと。ちょっと食べすぎちゃったみたいで」
「福岡って美味しいものが多いって言うよね。いいなぁ、旅行は彼氏と行ったんでしょ」
「ええ、まぁ」
罪悪感で胸がいっぱいになった。私が悠真さんと楽しんでいる間、綾香はどんな気持ちでいたのかな。気になって、綾香のSNSを見る。
そこには、福岡土産の写真がアップされており、旦那が帰って来たことを喜ぶコメントが添えられていた。悠真さんの肩に体を寄せて仲良しアピールしている写真も出てきた。
「(……全然、気が付いてないんだね)」
ホッとしたと同時に、軽い苛立ちを感じる。出張じゃなくて旅行をしていたとは知らず、呑気な子。これなら少しくらい悠真さんを借りたって良いんじゃない……?
別に奪おうとしてるんじゃない、借りるだけ。少しだけ幸せを分けてもらうだけ。それなら許される?そんな邪な考えが浮かんできたところで、電話がかかってきた。画面には「綾香」と文字が浮かんでいる。
「もしもし……」
「千紗! 聞いてぇ~!」
「どうしたの?」
「あのね、私、妊娠したみたい」
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第6話)
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