この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第8話)
【これまでのあらすじ】
千紗は綾香と自分、どっち付かずの悠真さんに不安が爆発し、母と同じようになってしまっていることに気付く…
さらに、入院した祖母に「千紗が幸せになる姿を見るまで死ねない」と言われ、悠真さんとは幸せになれないと思った千紗は別れることを決めた…
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第7話)
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第1話)
別れ
悠真さんと別れることを決意したものの、なかなか行動に移すことはできなかった。気持ちが揺らぐ前に今すぐ電話をしよう。いや、東京に戻ってから直接会って話をしようか?
やっぱりダメ、顔を見たらきっと切り出せない。もう少し落ち着いてから電話した方が良いかな……。そんな風にぐじぐじしていたある日、悠真さんの方から電話がかかってきた。
『もしもし千紗? 連絡が遅くなってごめんね』
「……ううん」
『あれからどうしてた? 僕はずっと千紗に会いたかったよ』
私も会いたかった。でも、もう……。
『様子が変だね。どうした? 何かあった?』
「うん、あのね」
迷ってないで、言わなきゃ。
「もう別れようと思う」
『え?』
「終わりにしたいの」
『千紗……』
ふと、初めて名前で呼んでくれた時のことを思い出した。こんなにも苦しいなら深入りしなきゃ良かった?止められるうちに止めときゃ良かった?ううん、きっと出会ったばかりの頃に戻ったとしても、また彼を好きになると思う。
「もう会わない」
『何となく、そう言われると思っていたよ。ごめんね、苦しい思いをさせて』
「悠真さんは悪くないよ。欲を出した私が悪いの」
『そんな風に言わないで。千紗には感謝してる』
「私も感謝してる……今までありがとう」
『こちらこそ、ありがとう』
切るねと言って通話終了ボタンを押した瞬間、やはり寂しさがこみあげてきた。私たちの関係はもうこれで終わり。自分で決めたことなのに、涙が溢れた。
◆
日常
悠真さんとの関係を終わらせて日常に戻った私は、仕事に打ち込むことで寂しさを紛らわせた。その日も朝から尾行、張り込み業務をこなし、夕方からは綾香に提出する調査報告書を作成していた。
「対象者・伊野悠真に不貞行為を思わせる動きは見られなかった」
不意に赤城さんがパソコンを覗き込み、興味深そうに読み上げる。”ゆうま”という名前の響きに、胸がざわついた。失恋の傷は癒えるどころか、どんどん酷くなっている気がする。
「友達の旦那はシロだったんだ」
「はい」
まさか自分自身のことを報告するわけにはいかず、嘘を吐くのは心苦しいけど。結果的に別れて、何もなくなったんだからいいよね……。
「赤城さんの妹さんは、どうなりました?」
「離婚することにしたみたい。やっぱり信用を失った人とはうまくいかないって」
「そうですか……」
「どうしたの? そんなしんみりした顔しちゃって」
「いえ、別に」
「怪しい。彼氏と何かあったでしょ~」
からかうような口調で私のオデコを突いた赤城さんは、急に表情を変えた。
「ねぇ、もしかして熱あるんじゃない?」
「そうかな……」
「絶対あるよ、しんどくないの?」
言われてみれば、少しダルイような気がする。ここのところ寝不足だったからかな? それとも失恋のせいで熱が出たとか?私にもそんな繊細な一面があったんだ。
「季節の変わり目で風邪を引いちゃったのかもね。今日はもう帰って休んだら?」
「そうしようかな」
「待って、仲西さんを探してくる。送ってもらうように頼むから」
「そんな大丈夫ですよ」
あ……もう呼びに行ってるし。結局この日は、仲西さんに車で家まで送ってもらい、そこから私は3日ほど寝込むことになってしまった。
◆
幸せの定義
家で寝込んでいる間、ずっと夢を見ていた。隣に悠真さんがいて、笑っている夢。その夢の中では何の不安もなく、ただただ幸せだった。
目が覚めて夢だと気付いた瞬間、絶望感に苛まれる。そんな中、何故か母が家にいて珍しく看病をしてくれた。
「具合はどうだい?」
「うん、ちょっとマシかな」
「お粥を作ったから、食べなさい」
「お母さんが作ったの?」
「何よ、私だってそれくらいできるわよ」
ベッドまで持って来てくれたお粥はお世辞にも美味しいと言えるものじゃなかったけど、その温かさに涙が滲んだ。弱っている時に優しくされるとダメだな……。
「しっかりしなさいよ、たかが失恋したくらいで」
「うん……。えっ!」
一瞬頷いたものの、驚きのあまりご飯粒を喉に詰めそうになった。
「どうしてそれを……」
「見てれば分かるわよ、これでも一応、あんたの親なんだから」
「お母さん」
「というのは嘘。カマをかけてみただけだよ」
「ええっ!」
じゃぁ、まんまと引っかかってしまったってこと?やだな、恥ずかしい。
「私も昔はよく失恋しては、熱を出して寝込んだんだよ。覚えてない?」
「そういや、そうだったような」
「その男とはどうして別れた?」
どうしてって、それはもう……。
「一緒にいても幸せになれないから」
お母さんにこんな話をする日がくるなんて不思議だなって思っていると、母はもっと不思議そうな顔をして私にこう尋ねた。
「幸せになれないなら、一緒にいる意味はないの?」
「え……」
「その男のことが好きなら、幸せじゃなくてもいいと私は思うけどね」
「幸せにはなりたいよ。当たり前でしょ」
「じゃぁ聞くけど幸せって何? 平和に暮らすこと? お金に困らないこと? それとも誰かに後ろ指を指されないこと?」
お母さん、私が不倫してたことに気付いてるのかな。
「そもそも人生において幸せだと思える時なんてほんのひと時だよ。そのひと時を一緒に過ごす相手が必要?私はそう思わない」
「じゃぁ、どう思うの?」
「必要なのは幸せになれる相手じゃない、不幸になっても良いと思える相手だ」
「え……?」
「この人とだったら例え地獄に落ちても構わない。苦しい時こそ手を握って一緒に頑張れる相手こそ、人生に必要なんだよ」
「お母さんはそういう人がいたの?」
「言っとくけど、私は昔も今もモテるんだよ。最悪な時に助けてくれる男は1人や2人じゃないよ」
祖母はずっと母の事を不幸だと言っていた。だけど、それは間違いだったのかな?母は母なりの幸せを見つけて生きてきたんだね。今になってやっと、ちょっとだけ理解できた気がするよ。
◆
再愛
母は私の体調が回復した頃、また家から出て行った。もう新しく良い人がいるらしい。今度こそ運命の人なんだと言っていた。
私の運命の人は……悠真さんは私にとって「一緒に不幸になっても良い人」なのかな。考えれば考えるほど、分からなくなる。
「(ま、考えたところで、もう別れちゃったんだけどね……)」
失恋の傷はまだ癒えることがなく、時々こうして悠真さんのこと思い出しながら時間が過ぎ。別れてから2カ月がたったある日、悠真さんから電話がかかってきた。
『もしもし、千紗?』
「悠真さん」
『良かった、電話に出てくれて』
久しぶりに聞いた彼の声は、相変わらず優しくて涙が溢れた。そしてその瞬間、私にとって彼は一緒に不幸になっても良い人だと気が付いた。彼の全てが恋しい。
『千紗に会いたい』
「私も……」
『本当に?』
「会いたい、やっぱり今もまだ悠真さんのことが好きみたい」
『金曜日の19時に、初めて一緒に食事をしたホテルで待ってる』
「うん、分かった」
お祖母ちゃん、ごめんね。私はやっぱり母に似て、世間一般的にいう幸せは手に入らないかもしれない。
お祖母ちゃんが望む幸せな姿は、きっと見せてあげられない。それでも私は、自分なりの幸せをきっと見つけるから。心配しないで。
金曜日、約束の時間よりも早くホテルに着いた私は、カフェに入り紅茶を飲んでいた。カフェといってもオープンな造りになっているので、ロビーの様子が良く分かる。
少しすると、ネイビーのスーツを着た悠真さんが真っすぐこちらに向かって来るのが見えた。
「お待たせ、久しぶりだね」
「悠真さん」
「元気だった?」
「うん。悠真さんは?」
「千紗に会いたくて気が狂いそうだったよ。行こう、部屋を取ったから」
「うん」
差し出してくれた手を握る。会えたことはもちろん、今も変わらず私を想っていてくれたことが嬉しくて。自然と綻ぶ顔を彼の背中で隠しながら、エレベーターホールへ向かう。
――――と、不意に悠真さんが足を止めた。何事かと思い視線を上げると、そこには思いもよらない人物が立っていた。
「やっぱり、2人で会ってたのね」
「綾香……」
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第9話)
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